ツ木炭句

August 0882005

 夏よもぎ小さくちいさく無職と書く

                           青木貞雄

語は「夏よもぎ(夏蓬)」。春の若葉のころの蓬は可憐な感じがするが、夏になるとその面影もすっかり失せてしまう。獰猛と言いたくなるくらいに,荒々しく生長する。丈はぐんと高くなり、「蓬髪」という言葉があるほどに無秩序に茂りあい、その荒れ錆びた感じは凄まじい。作者はしかるべきところに提出すべく、書類を書いている。その窓辺から、群生する夏蓬が見えているのだろう。書類には職業を記載する欄があるのだが、気恥ずかしくて「無職」と書くのが躊躇され、しかし書かないわけにもいかなくて「小さくちいさく」書いたのだった。放埒に繁茂している「夏よもぎ」と、小さく萎縮している「無職」の文字との取り合わせが,作者の切ない心境をよく写し出している。書類とは不思議なもので、あれには記載してみてはじめて感じられる事どもがある。たとえば自分の年齢にしても,日頃から百も承知の年齢を書類に記入した途端に,なんだか自分の年齢じゃないように思えてくることがある。おそらくそれは、社会が他人と区別するために自分に当てている諸種の物差しを,自分が社会の目で自身に当てさせられることに起因するのだろう。だから年齢の欄に年齢を記入するとは,その数字は社会的にしか意味がないので,自分が自分であることとはさして関係のない行為だと言える。職業があろうとなかろうと、これまた自分が自分であることとは無関係だ。それが書類を書くことで社会の目を意識させられると、作者のように無職を気恥ずかしく思わされてしまうのである。そういうことではあるまいか。『現代俳句歳時記・夏』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)




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